2008年12月08日

ピースサイン 〜その凡庸性と思考力の低下〜

 掃除の際つい目的を忘れ、久しぶりに見つけた古いアルバムめくりありがとうとつぶやいてしまうことはよくある話である。先日私もその悪循環に陥り、しかし数分後、ある事実を発見しぶつけようのない憤りを覚えた。


 出てきた写真の9割9分、ピースサインで写っているのだ。


 小学校の入学式、中学校の社会見学、大学の学園祭、雨にも負けず、風にも負けず、ただただファインダー越しに指でVをかたどる阿呆面が、二十余年の時を経てもなんら変わることなく幾百枚もの写真に写し出されている。高校の修学旅行の写真なんぞには、大浴場の中で全裸にも関わらず満面の笑みを湛えピースする自分が写っていた。しかも両手である。いったいこれはなんの思い出だ。17歳の女子がすっぽんぽんで何をしているのだ。


 写真は怖い。カメラを向けられれば人は無条件にピースをする。羞恥心や虚栄心など、そこに思考は介在しない。女子高生も老婆も八百屋のおっちゃんもIT社長も、カメラの前ではピースをする以外なんの術も持たないただの阿呆に成り下がるのだ。

 人はこの異常性に気づかない。否、気づかないふりをしている。ピースを疑問に感じたが最後、人はカメラを向けられたときの適切なポージングを、もはや思いつかないからだ。
 私は今の世の中を「ピース依存社会」と名づけたい。
 

 そもそもピースサインは、百年戦争のアジャンクールの戦い(1415)で、イングランド兵が敵であるフランス軍を挑発するサインとして用いられたことが発祥とされている。
 また、第二次世界大戦中、イギリスのチャーチル首相が戦争への継続と勝利への強い意欲を示すために、ビクトリーの頭文字であるVサインを用いたのはあまりにも有名な話だ。
 だが私はここでピースサインと戦争との密接な関係性について熱い持論を持ち出すつもりは毛頭ない。どんな暗い歴史を持とうとも、偶像崇拝の如くピースサインを崇める人間にとって、そんなことは関係ないのである。

 競争社会や市場主義、コンピュータ中心社会を背景に、人間関係の希薄化が叫ばれ、信頼できるものが少なくなっている。そんななか、何かに依存したくなる気持ちはわかる。何も考えたくない瞬間があるのも理解できる。

 でもなぁ、ピースはないじゃないか。大の大人がカメラを向けられた瞬間、へらへら笑ってピースだよ。なんかもう、ダメだなぁ、情けないなぁって気持ちになるじゃないか。ザ☆ピースじゃないよまったく。


 とにかく一人でも多くがこの事態の深刻さに気づき、シャッターを押す間際少しでも工夫を凝らしたポーズをとるようになることを私は望む。あなたの思い出の一つ一つは、そんな使い古されたサインじゃ表現しきれないはずだ。

 あぁ、そう言いながらもふいにカメラを向けられた瞬間、私はまたあのポーズを無意識にとってしまうだろう。私も所詮ピース依存社会に生きる住人なのだ。そのときは間違っても「イェ〜イ」などと昭和のお調子者のような声だけは出さないように、気をつけたいばかりである。


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はじめまして。63期の佐々木です。
参加させてもろた記念にライトなエッセイあげました。
長いですが、愛情こめて書きました。ぐぇ
posted by ポチョムキン at 02:32| Comment(5) | ポチョムキン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ようこそです!

確かに、写真撮るときって無意識にピースをしてしまうよなー しかも、「イェーイ」って言ってる気がする と思いながら読みました―― 思いっきり、昭和生まれですから…… でも、カメラを向けられた時から、シャッターを押されるまでの間って、他に何をすればいいのか分からんし。これからも、きっと同じなんやろうなぁ。
Posted by もりりん at 2008年12月09日 11:44
カメラを向けられると、無意識に枠からはずれる私にしてみれば、
とても素晴らしく、うらやましい事のように思えます。

そう、ピース社会に乗り切れない人間も、
あなたが思うより沢山いるのですぅ・・・

読み手としては、あなたの勢いは感じますが、回りくどい情報も多いのが事実。

しかしあなたがこの文章から、どれだけの言葉を削り、スリムに変身させるかが、あなたのこれからの課題だと思います。

以上の文章、読んでて気持ち悪くないですか?
あなた、しかし、この、これから等を省いても、意味は通じるし、成り立つんですよねぇ。

ライトと言うことは、ヘビーなのは、私には到底理解できない難しさなんでしょうねぇ。

第二段お待ちしてます!!






Posted by にゃあたろう at 2008年12月09日 11:56
「でもなぁ、ピースはないじゃないか。」から始まる段落の文章の調子が好きです。

全体的にサクッとした文章でスムーズに読めるというのは良かった。
「ピースサイン」から読んで楽しめる文章に仕上げている点、見習います。

ただ、「競争社会や市場主義」と続く文章がよく分からない。
にゃあたろうさんの言うように文章を削って洗練すれば、もっと切れ味鋭い文章になるのではと思います。


カメラを向けられると、固まってプルプルする人もいます。
写真の中の自分はほとんどぶれてます。
Posted by ハーミー at 2008年12月14日 00:58
お久に覗いたんで書きまふ(/ ̄∀ ̄)/

確かにライトなエッセィやなぁ☆彡
文章はにゃあたろうさんの指摘どうりと思います。
個人的に内容ですが、ポーズがピース=阿保に成り下がるという意味がわからん。
簡単に言うと『みずほ言いすぎやろ〜』みたいな
Σ(´Д`;)

難しいのが阿保の定義ですね。
(偏差値やIQの低い人がピースする)と統計で出たとか。
(科学的に能の情報伝達が遅い人が圧倒的にピースをする)とか。

データが出てるか出てないかは知らんけど、何かしら書かないと説得力に欠ける。

ピースしかしてなくて、思考力の低下と、どう繋がるのか知りたい。

俺はたとえ偏差値やIQが一桁でも、(アホ)とはblogでも書けない。

普遍性の有無にモヤモヤがかかります。

それとネタの古さを感じました。
ヒップホップなんかではハンドサインつくったり、ロックならメロイックサインとかピース以外でいろいろあるし。
ネタの古さを感じました。

なにより俺自身、過去の写真を見てもピースはほとんどしてません。

つまり矛盾しています。

なぜなら、俺は素敵に阿保だからです!!らりほ〜♪\(>∀<)/♪
Posted by ウッチー at 2008年12月16日 15:33
確かに写真とる時、ピースしてしまうんですよね。
他の事しよかなと思いつつも結局ピースが無難でとか、ピースしないと落ち着かなくなってる気がする・・・
別に「平和を愛する」とかやないのにねぇ。。
いや平和は大切やと思うんですけど。
まっようわからんですわ(笑)




Posted by まりこ at 2008年12月21日 15:00
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